フランシスコ・ザビエル

フランシスコ・ザビエル

第一、私が考えるに、日本人程、善良なる性質を有する人種はこの世界には極めて稀有なり。彼らは、至って親切であり、虚言を吐いたり、作為を働くが如きことは嘗て聞きも及ばない。かつ甚だしく名誉を重んじ、その幣として却って、殆んど名誉の奴隷たらしむるが如き観あるに至れり。これはあの、日本にキリスト教を広めたフランシスコ・ザビエルの、当時の日本人観である。

本多青仁斎靖邦のひとりごと
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平成30年10月8日
林崎甚助重信

林崎甚助重信

林崎甚助重信、この人は中興居合の祖である。その門下に田宮平兵衛という者がある。田宮流を創始したのである。刀を抜いて人を斬るに、近くの人にはただ鍔鳴りの音だけ聞こえて、鞘を出入りする刃の色は見えなかった。されど相手の首は既に下に落ちていた、というような逸話がございます。

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うちぬき

うちぬき

こういう話がございます。突きを入れた時は、いつも向こうの裏へ二三尺も突き抜く心持で突け。柔術の稽古で畳の上に投げる時、ねだを打ちぬき、土の中へ三尺も投げ込むように投げよ。一刀流の海保帆平はこうも言っている。「上段から相手の面を打つ時は、必ず肛門まで討ち抜く心持で打て」。気迫、これをまず養うこと、技などにこだわるものではない。(剣術名人法)

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平成30年8月30日

夏合宿 大善寺
関口柔心

関口柔心

紀州関口流関口柔心は武芸修行に心を入れ、刀、槍の業に達していたが、師を求めて長崎に行った。そこでもろこしの拳法を教える、捕手という業をする老人を見つけ出し、学んだ。この老人から柔のとり方を教わり、工夫して一流を開いた。紀州の南竜公に認められて日本における柔術の祖となったといわれる。自らも日々稽古するのみならず、さらに皆に学ばせた。紀州家では後々の吉宗公に至るまでこの柔術を学び、近侍小姓の面々にまでも稽古をさせた、という話がございます。(柔話)

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平成30年8月10日

写真 平成30年 合気道青葉塾道場 勝沼合宿より

塚原卜伝

塚原卜伝

塚原卜伝が十七歳の時、京の清水で真剣の試合をしてより、五畿七道に亘って真剣勝負十九度、軍の場を踏むこと三十七度、木剣の試合は無数であるが、疵は一箇所も被らない。ただ矢疵は六箇所あったが、戦場で敵を討ち取ること二百十二人といわれている。卜伝は何事においても人の芸能のしたり顔をするのを、心底嫌った、という話がございます。(武道百首奥書)

本多青仁斎靖邦のひとりごと
平成30年7月31日

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写真 山梨・勝沼 大善寺合宿より(2018.7.29)
内蔵之助

内蔵之助

梅田流の槍の名人柳生内蔵之助に向かって高野貞寿がこう問うた。「貴殿でも思いもよらぬ時に人に斬り付けられたらばハッと思われるか」。内蔵之助答えて、「それはハッと思うさ。ただ、ハッとが直ぐに先になるのだ。ハッと声を引くのではない。ハッと先を打つのだ」と答えた。この内蔵之助、普段、兵法使いには見えない男で、当たり前の人のようで、試合の時、竹刀を持ってすうっと打つ、これが先々の先になっていたという、気合を込めて打つ時は、竹刀の先がふくれあがった、という話がございます。

本多青仁斎靖邦のひとりごと
平成30年7月12日

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写真は全日本合気道少年錬成大会 2018.7.15 合気道青葉塾道場演武
 日本武道館

井上八郎

井上八郎

幕末の剣道家井上八郎、博徒8人に囲まれて正眼で戦ったが、思わしくない。やっとのことで切り抜けた。たかが博徒ではないか、と考え込んでしまった。遂に「こういう時は上段に限る」と悟った。翌日、また博徒に出会った。今度は上段に構えて、博徒が迫ってきて小手を斬ろうとしたとき、はじめて上段から打ち落とし打ち落として戦ってるうち、数人を倒して残りのものを逃げさらしてしまった、という話がございます。


本多青仁斎靖邦のひとりごと
平成30年7月12日

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写真は全日本合気道演武大会 合気道青葉塾道場演武
京八流と鹿島七流

京八流と鹿島七流

京の兵法家鬼一法眼、軍法弓馬剣術をことごとく人に教え、鞍馬の衆徒八人に伝えた。剣術の京の八流というのはこの鞍馬八人の衆徒が伝えた流儀である。源義経もその八人の弟子の一人で、天狗に剣術を授かったというのは固より嘘である。関東七流は鹿島の神官から出たものである。凡そ剣術の流儀は京都八流、鹿島の七流より外はない。貝原益軒の「知約」という妙本にそう記されている、という話がございます。


本多青仁斎靖邦のひとりごと
平成30年6月16日

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写真は合気道青葉塾道場 日曜特別稽古会  杖術の稽古

体験をご希望の方はまずお連絡ください。
6月21日(木) 18:30〜20:30
6月23日(土) 18:00〜20:00
6月17日(日) 14:00〜16:00

開始時間の前にお越しください。トレーニングウエアー上下がいいでしょう。両肘、両膝が隠れるもの。それではお待ちします。


写真は去年の全日本合気道少年錬成大会 日本武道館
今年も平成30年7月15日 日本武道館で行われ、合気道青葉塾道場は出場します。
片桐空鈍

片桐空鈍

片桐空鈍、無住心剣の針ガ谷夕雲の高弟で、師以上といわれた。極意は「相打ち」である。勝つな、負けるな、相打ちでいい、というのだ。武士が刀を抜く時は三度しかない。第一は「戦場」、第二は「上意討ち」、第三は「無法のことを仕掛けられた時」。人間は大抵弱いのだから、上手い下手のある剣道
を学んでも、何の役にも立たない。「近頃の剣術は、畜生剣術だ。浅ましい。自分だけ勝とうと、飛んだり、はねたり、見てはいられない」といって、道場では上段の一手しか教えなかったという。それでも門人は他の道場をはるかにしのいで、超満員だった、という話がございます。

本多青仁斎靖邦のひとりごと
平成30年5月27日

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写真は合気道青葉塾道場 第56回全日本合気道演武大会 2018.5.26
 日本武道館  道場演武
勝海舟と白井亨

勝海舟と白井亨

勝海舟は島田虎之助門下で小野派一刀流の相当の使い手だった。ところが、ある時天真白井流の白井亨と手合わせる機会があった。全く手が出ない。海舟が「剣術はだいぶ修行したつもりですが、どうも手が出ません。猫の前の鼠のようです。どうしたものでしょうか」とたずねた。すると、「貴公は少しばかり剣術が見えるからよ。私をウリかカボチャと思って、無心になりなさい」といわれる。なるほどと、そこで海舟は悟りを開いた、という話がございます。

本多青仁斎靖邦のひとりごと
平成30年5月17日
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