渋川友右衛門

渋川友右衛門

宝永より以後柔術では渋川友右衛門が傑出している。子は伴五郎といったが関口流を学んで関口伴五郎といった。三代目の伴五郎は柔術が甚だ不器用で父祖の業を継ぐことは出来まいとの評判であったが、それでも修行を少しも怠らなかった。そのためか、二三年するとはたはたと上達し、家名に恥じず優れた武術者になった、という話がございます。

本多青仁斎靖邦のひとりごと
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平成30年12月13日
一刀流の海保帆平

一刀流の海保帆平

一刀流の海保帆平がこういうことを言っている。突きを入れた時は、いつも向こう側の裏へ二三尺も突きぬく心持で突け。柔術の稽古では、人を投げるに畳の上に投げると思うてはとても人は投げられない。ねだを打ちぬき土の中に三尺も投げ込む心持で投げることだ。こちらから上段より向うの面を打つ時は必ず相手の肛門まで打ち割るという心持ちで打つものだ、と言ったという話がございます。(剣術名人伝)

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平成30年12月8日

合気道青葉塾道場 25周年記念演武会 記念手拭
植芝吉祥丸先生直筆 

関口弥左衛門

関口弥左衛門

関口流柔術の関口弥左衛門は猫の屋根から落ちてくるのを見て柔一流を工夫し、受身当身の妙を極めた。また居合術も工夫して世に伝えた。ある時剣術の勝負を望むものがあった。庭に降りて立ち会ってみるとたいした技ではない。傷をつけても大人気ないと思って、庭の横にあった池に詰め寄せると、その男仰向け様に池の中に落ちて、這々の体で這い上がって帰って行った。という話がございます。(撃剣叢談)



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平成30年11月26日
小太刀半七

小太刀半七

二代将軍秀忠の時である。小太刀半七という武術家が鉄扇で試合をすることに妙をいることを聞いて、秀忠が「特別の術があるのか」と尋ねた。すると、「別に何の術もございませぬが、試合をするときに、何となく面白い心持がいたします。これが極意といえば極意かな、と思います」と返答したので、秀忠は大いに感心した。そして「すべての戦などその通りで、面白いとさえ思えば恐ろしいことはなくなってしまう。謀も自ずから出て来るものだ。」と言ったそうだ。

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平成30年10月26日

フランシスコ・ザビエル

フランシスコ・ザビエル

第一、私が考えるに、日本人程、善良なる性質を有する人種はこの世界には極めて稀有なり。彼らは、至って親切であり、虚言を吐いたり、作為を働くが如きことは嘗て聞きも及ばない。かつ甚だしく名誉を重んじ、その幣として却って、殆んど名誉の奴隷たらしむるが如き観あるに至れり。これはあの、日本にキリスト教を広めたフランシスコ・ザビエルの、当時の日本人観である。

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平成30年10月8日
林崎甚助重信

林崎甚助重信

林崎甚助重信、この人は中興居合の祖である。その門下に田宮平兵衛という者がある。田宮流を創始したのである。刀を抜いて人を斬るに、近くの人にはただ鍔鳴りの音だけ聞こえて、鞘を出入りする刃の色は見えなかった。されど相手の首は既に下に落ちていた、というような逸話がございます。

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うちぬき

うちぬき

こういう話がございます。突きを入れた時は、いつも向こうの裏へ二三尺も突き抜く心持で突け。柔術の稽古で畳の上に投げる時、ねだを打ちぬき、土の中へ三尺も投げ込むように投げよ。一刀流の海保帆平はこうも言っている。「上段から相手の面を打つ時は、必ず肛門まで討ち抜く心持で打て」。気迫、これをまず養うこと、技などにこだわるものではない。(剣術名人法)

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平成30年8月30日

夏合宿 大善寺
関口柔心

関口柔心

紀州関口流関口柔心は武芸修行に心を入れ、刀、槍の業に達していたが、師を求めて長崎に行った。そこでもろこしの拳法を教える、捕手という業をする老人を見つけ出し、学んだ。この老人から柔のとり方を教わり、工夫して一流を開いた。紀州の南竜公に認められて日本における柔術の祖となったといわれる。自らも日々稽古するのみならず、さらに皆に学ばせた。紀州家では後々の吉宗公に至るまでこの柔術を学び、近侍小姓の面々にまでも稽古をさせた、という話がございます。(柔話)

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平成30年8月10日

写真 平成30年 合気道青葉塾道場 勝沼合宿より

塚原卜伝

塚原卜伝

塚原卜伝が十七歳の時、京の清水で真剣の試合をしてより、五畿七道に亘って真剣勝負十九度、軍の場を踏むこと三十七度、木剣の試合は無数であるが、疵は一箇所も被らない。ただ矢疵は六箇所あったが、戦場で敵を討ち取ること二百十二人といわれている。卜伝は何事においても人の芸能のしたり顔をするのを、心底嫌った、という話がございます。(武道百首奥書)

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平成30年7月31日

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写真 山梨・勝沼 大善寺合宿より(2018.7.29)
内蔵之助

内蔵之助

梅田流の槍の名人柳生内蔵之助に向かって高野貞寿がこう問うた。「貴殿でも思いもよらぬ時に人に斬り付けられたらばハッと思われるか」。内蔵之助答えて、「それはハッと思うさ。ただ、ハッとが直ぐに先になるのだ。ハッと声を引くのではない。ハッと先を打つのだ」と答えた。この内蔵之助、普段、兵法使いには見えない男で、当たり前の人のようで、試合の時、竹刀を持ってすうっと打つ、これが先々の先になっていたという、気合を込めて打つ時は、竹刀の先がふくれあがった、という話がございます。

本多青仁斎靖邦のひとりごと
平成30年7月12日

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写真は全日本合気道少年錬成大会 2018.7.15 合気道青葉塾道場演武
 日本武道館

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